Diary

〜2000年末までの日記


1996年秋

仙台市青葉区小田原にキリン小田原パーク総合住宅展示場ができた。さっそくオープン初日にでかけてみる。ここの展示場には、この当時話題になり始めた輸入住宅6棟を展示しているのが特徴である。輸入住宅以外には国産のモデルハウスが8棟ほどあったとおもう。

この日は、輸入住宅のモデルハウスをすべて駆け足で見ることにした。国内の大手、中堅メーカーのモデルハウスは1990年6月に結婚して以来、これまで、ちょくちょく見に行っていたので少々見飽きていた。

6棟の輸入住宅はそれぞれすごく個性的であった。その中の一棟に
セルコホームのモデルハウス
があり、私たち夫婦にとってすごく印象に残った。総レンガの外壁、白で統一されたサッシ、玄関ドア、ポーチ、ラティスフェンス。レンガの目地も白であった。インテリアもドア、チェアーモール(幅木)などの建具は基本的に白色。デザイン的にはものすごく気に入ってしまった。特にオーストラリア製のラフタイプのレンガはその形といい、色といいたいへん素敵であった。

ハードウエアとしては、2x6の高気密・高断熱住宅で、24時間換気システム、ムク板のフローリング、Low-E加工のペアガラスなどが標準となっていた。リビングの吹き抜けも自分にとっては目新しくていいなーとおもった。

気になる価格であるが、これだけの性能であるからすごく高価だと思ったが、聞けば坪単価29.5万円〜ということであった。ここの展示場は、地下室を除いた1階と2階の施工面積が51.72坪なので、税抜きの本体価格(標準仕様)は1500万円台、消費税をいれれば1600万円そこそこであった。あの素敵な外壁レンガはオプションということであった。へー、これなら自分でも手が届きそうだと思った。

この当時は、現在住んでいるマンションのローンが残っていたし、貯金もほとんどなかった。また、家をたてるための土地ももちろん持っていなかった。そういうわけで家を建てようなんて計画は実際には描いてなかった。でも、この日、いつか家を建てるならこのモデルハウスのようなおうちを建てたいと心からおもった。

1997/1/25(2001/04/02記入)
自分の住んでいる多賀城に住宅展示場ができた。そこに、セルコホームのモデルハウスがあるということなのでさっそく行ってみた。かなり大きなモデルハウスで、ビッグマウンテンというタイプだそうだ。

玄関に入ると、出迎えてくれたのは若手営業マンTさんであった。これが、彼との長い付き合いのはじまりであろうとは私も妻もTさんも知る由は無かった。ひととおり見終わった後で資金計画書を作ってもらった。このときの公庫の基準金利は3.1%であった。建築したい間取りプランはキリン小田原パーク展示場と同一を希望していたが、51.72坪とおおきいため、この時点の私の年収では建築は無理みたいであった。標準の本体価格は、消費税別で坪単価約29.5万円、合計1500万円強だった。消費税はこのとき3%。でも51.72坪の家を建築するにはそれなりに広い土地を購入しなければならない。だから、このときは46坪くらいの物件を想定して計算してもらった。ただ、このときはまだ本気でマンションを売って家を新築することは実は考えていなかった。

1999/5/9(2001/04/02記入)
1996年秋にセルコホームの展示場に行って以来、そこのモデルハウスと同じタイプの家を建てたいと思うようになっていた。だから、1997年から1998年にかけて月間住宅情報を見ては週末にいろいろな街をみてまわった。いったいどんな土地ならあの家が似合うのか。自分たちのライフスタイルに合うのはどんな街なのか。通勤時間を考えると実際問題どのくらいが限度か。学校は病院や買い物は?肝心の土地の値段も気になるし、、、

約2年かけての土地探しの結論は、比較的新しい大規模ニュータウン(たとえば泉パークタウン)は町並みも美しく魅力的だが、多賀城の職場への通勤を考えると遠いし、坪単価も比較的高めで大きな土地を購入すると自分の予算よりも高くなってしまうということであった。

ところが、ゴールデンウイークが終わったあとの最初の日曜日に、多賀城市隣接の利府町に宮城県土地供給公社のニュータウンがあることを思いだし、家族で遊び半分見に行くことになった。私の住む多賀城からは比較的近いのだが、郡部ということでなんとなくいなかくさいイメージが気になって、これまで行ったことがなかったのである。

さて、行ってみた第一印象であるが、町並みが美しく、どの家もまだ新しい。何期かに分けて分譲しているせいか、空いている土地も数多い。小学校は2000年4月町内に開校予定。中学校は2002年4月開校予定。7歳と4歳の子を持つ親としてはうれしい。2000年度中には、すぐ近所に宮城国体および2002年ワールドカップサッカーの会場となる宮城スタジアムを建築している。また、宮城スタジアムの周辺は自然を生かした遊歩道や公園があり、町内にも大小の公園がいくつもある。

以前のマイナスイメージはどこかに行ってしまい、さっそく案内事務所に足をはこんだ。さっそく、町全体の地図をみせてもらい、51.72坪の家が建てられる土地をいくつかリストアップした。容積率が60%なので、最低86.2坪の土地が必要だ。90坪程度の土地の気になる価格は、2000〜2200万円台くらい。ざっくり、土地には2000万円くらいが限度、できれば土地も家も公庫でローンを借りたいと思っていた。

いくつか土地を図面上でチェックしていく中に、2000万円台の土地で、東南角地、86.4坪の土地をみつけた。この土地は、2年積み立て分譲の指定がある区画にあり、契約後の2年間に300万円を積み立て、積み立てが終わったら家を建築するというもの。2年間の積立金には約4%の利子がつくそうである。また、2年積み立て期間中は希望の土地を予約できるのでキープできるし、また、土地の代金も1銭も払わなくても良い。しかも、売り建て住宅なので、引渡し前に前渡金110万円を渡す以外にはローン開始までそれ以外の費用はかからないらしい。ただし、いいことばかりではない。本体工事代の約1割を公社に払う必要がある。

そこで、さっそくその気に入った土地を車で見に行く。すると、事務所の別のテーブルにいた別の客も同じ方向に出かけていくではないか。あせった。すごくあせった。あのおじさんが先にこの土地を予約したらどうしよう。じつは、先着受付になっていたのですごくあせった。でもって、希望の土地にたどりついた。どうやら、街の中心にむかってひな壇になっている土地だ。一見、東南角地だが、方位的には南に見える側が南東を向いている。ははーん、角地だけど比較的値付けが高くないのはこのためだ。ちなみに、南向きの土地なら90坪くらいだと2200〜2300万円くらいだったっけ?こんなに高いとギブアップだ。

そうこうしていると、あのおじさん達も同じ区画に到着した。どうやら、むこうもこちらを気にしているようだ。よし、この土地気に入った。嫁さんにも気に入ったかどうか確認する。あとは、一目散で事務所に戻り、申込書をかいて担当のかたに手渡した。タッチの差で戻ってきたおじさんとおばさんも私たちよりも少し送れて申込書を出していた。おもわず、お互いに「どこの土地を申し込んだの?」ってきいた。よかった、おじさん達の申し込んだのは私達が決めた土地から道路をはさんではす向かいだった。(おじさん、おばさんよかったね)

これから、2年間で300万円積み立てることになった。実際に入居するのは2001年12月。31ヶ月後だ気が遠くなりそうだ。さて、どうなることやら。

1999/06
さあ、なんとか土地の選定は終わった。でも、最大の問題が控えていた。それは、9年間住んできたマンションの売却である。そう、私の場合は買い換え・新築のパターンなのである。最近は不動産の売却価格が大幅に低下しており、買いかえたくともうまく行かないケースが多いときいている。このような状況ではあったが、マンションを売らないことには新築の計画なんてありえない。2重のローンなんて、まっぴらだ。

というわけで、我が家ではまず現在住んでいるマンションを売却し、いったんローンを精算してから新築に臨む方針に決定した。売却しなければならないぎりぎりの期限は新築する家の引渡し予定日である2001年12月である。あと2年6ヶ月も猶予があるようにみえるがそうではない。ここ最近の多賀城周辺の中古マンション相場であるが、ざっくり年間100万円くらい低下しているようだ。つまり、売却までに2年かけてしまうと200万円くらいの売却額の低下を覚悟しなければならない。

でも、早く売れてしまった場合、新築の家に住めるようになるまでには仮住まいをしなければならない。これはしかたがない。でも、もうひとつ考慮しなければいけないのは仮住まいのコストである。現在のマンションのローンと管理費の合計は年間約100万円。ところが、同じマンションに賃貸で入居すると年間120万円。さらに引越し代20万円くらいかかるであろう。つまり、仮住まいコストとしては年間20万円の負担増+引越し代20万円の費用が発生するということである。無視できない大きな金額であるが、のんびりしているとマンションの価格は下がってしまうのだから、とにかくそれぐらいの追加経費は呑むことにした。

1999/07
住宅情報やマンションへの不動産広告の投げ込みをみると大手の東急リバブルや、三井のリハウスや中堅の土屋ホームが自分の住んでいる周辺の中古マンション販売の件数が多いようだ。どこの不動産屋に売却を依頼するか。結局、私は、現在、私の住んでいるマンション3件を仲介している土屋ホームにお願いすることにした。理由は、同じマンションを取り扱っているため、営業効率が良いであろうという判断と、中堅会社のほうが大手よりも木目細かいサポートをしてくれるのではないかという期待があったからである。

売りだし価格であるが、慎重に決めなければならない。高く売りたいのはやまやまであるが、欲張って売却が長引けば、その分値段を下げざるを得なくなるであろう。さらに、同時に売りに出ている同じマンションの物件よりも値ごろ感をださないといけないだろう。お客さんは、きっとひかくするだろうから。

我がマンションであるが新築時の購入価格は2490万円。JR仙石線多賀城駅から徒歩5分、広さは85mm2と広めである。でも最初の売りだし額は1780万円にした。営業は1680万円以下にとアドバイスをくれたが、どうしても次の新築頭金の目標額が頭をよぎり、結局高めの値段設定をしたわけである。

1999/09
1780万円で売りに出したが、ほとんど問い合わせがなかった。問い合わせもないなら売却のチャンスもない。急遽、価格を1680万円にした。営業は1600万円程度がいいとアドバイスしてくれたが、200万円も値下げするのは、新築の資金に思いをはせれば、とてもではないが決断できなかった。

1999/11
1680万円に値を下げてオープンハウスを行ったところ、数組が見にきてくれた。しかし、成約には至らず。泣く泣く価格を1580万円に下げた。この価格は、現時点での相場価格である。でも、のんびりしているとまた相場が下がってしまうだろう。

1999/12
1580万円に値段を下げたためか、オープンハウスには8組もお客様がきた。とても期待していたが結果は無残だった。12月のある日曜日、14階のバルコニーから敷地内の公園をふとながめていると、背広姿の男の人と、カジュアルな格好の子連れの夫婦がこちらのマンションを見上げていた。どうやら、不動産屋がお客さんを案内しにきているようだ。すると、数羽の白鳥が彼らの頭上を飛んでいった。どうやら、その夫婦は白鳥を指差して幼い我が子に声をかけていた。なんだか幸せそうだ。ああ、こんな親子に我が家を買っていただけたらなあ。

それから数日後、土屋ホーム営業から電話があった。見込み客がいるらしい。おもわず、この前の若い夫婦のことを思い出した。

週末に、そのあ客様に我が家をおみせした。それこそ一生懸命妻と私で掃除と整頓をして準備をした。実は、約1年前に20万円の費用をかけて壁紙の張り替えを行っていた。その当時は、良い土地もみつからず、頭金もほとんどなく、あと数年はこのマンションに住まなければならないとあきらめていたからである。壁紙はこれまでの白から、それぞれ品の良い色柄を選んでおいた。だから、これまで見にきていただいたお客様は一様に、それを誉めてくれていたが、価格が合わない、老夫婦2人には広すぎるなどの理由で成約に至らなかったのである。

さて、今回のお客様である。どうも、この前の夫婦に似ている。なんだかすごくうれしくなってきた。今回はうまく行きそうだ。結局、この夫婦、合計3回も我が家を訪れた。最後は、ご主人のお父様を連れて。売却価格であるが、お決まりの値下げ交渉があった。私としてはきついが、この機会を逃したくもなく、20万円を値引くことにし、営業にこれ以上は無理ということでなんとか先方と交渉してくれるようお願いした。

2000/02
ああ、ようやく売却手続きが完了した。仲介手数料と諸費用で約60万円かかった。だから、1500万円残った。住宅ローンは1350万円のこっていたから、精算後に残ったのは約150
万円。ああ、赤字にならなくてよかったよかった。でも、2年前に140万円のローンの一部返済を行っていたから、実質、収支¥0だ。

さあ、これからは新築の家の計画に集中できるぞ。でも、果たして資金計画は大丈夫なのか。本当に家を建てられるのか。どれくらいオプションをつけられるであろうか。外溝工事代はどうしよう。課題山積みである。さて、どうなることやら。

2001年以降の日記

2001/03/24
コジマ電気に行ってIBMホームページビルダーVer.6を購入した。さっそくインストールし、はじめて自分のホームページを作成した。まだデジカメが無いので、しばらくは文字だけになりそう。

2001/03/26
当HPの記念すべき第1番目のお客様は、ML仲間の小林さんでした。どうもありがとうございました。m(_ _)m
セルコホームについてのメーリングリストは、Ziegelhausさんのホームページ、れんがの家をご覧ください。

2001/03/31
塩釜税務署からはがきが届いた。内容は国税還付金振込み通知書である。これは、昨年の3月に約10年間住んでいた多賀城のマンションを売却した際に売却損が出たため、今年の2月に確定申告したためである。自分のケースで売却損の確定申告の適用、あるいは、売却損の次年度以降の繰越が可能かどうか問い合わせるため、2月6日に塩釜税務署に行ったら、確定申告説明会を開催していた。比較的若手の税務署員が懇切丁寧に対応してくださり、確定申告書の記入をすることができた。確定申告書の記入なんて10年前にマンションを購入して以来した事も無いから、記入の仕方も良く分からなくて、なんだかんだで2時間くらいかかってしまった。税務署員の方の助けが無かったらとてもではないが記入できなかったであろう。とても感謝している。

質問の内容であるが、私の場合は、2000年3月にマンションを売り、新居完成、引越しは2001年12月の予定である。この時点で、新居の所有権移転登記、ローンの開始時期(ローン残高が発生する時期)が不明だったので、上記の確定申告が可能かどうかであった。

質問の回答だが、平成12年度分の売却損の確定申告は問題なく申告可能であることがわかった。売却損がさらに次年度以降まで繰り越せるかどうかであるが、今回の確定申告で売却損の計算を行い、それで次年度以降にも繰り越せるだけの売却損がある場合く、とりあえず売却損の次年度以降の繰越の申請をできるということがわかった。ただし、平成13年中に新居に入居し、年末までにローン残高がないと、この売却損の次年度以降の繰越の平成13年度における確定申告はできないらしい。

あとで分かったのであるが、私の場合は平成13年12月に新居に入居できるが、所有権移転登記は翌平成14年1月〜2月、ローン開始は3月かららしい。つまり、売却損の次年度繰越は、平成13年12月末日にローン残高が無いので残念ながら確定申告できないことがわかった。

そこで、売却損の計算結果である。
売却物件の購入価格+諸費用は約2530万円。売却物件の減価償却費は約280万円。売却物件の売却価格1560万円。売却のための諸費用約60万円。ということで、しめて売却損は750万円であった。この売却損の確定申告により、4月3日に平成12年度分に支払った所得税が全額返ってくる。うれしくもあり、750万円の損失を悔しくも思う。この売却損がもっと大きければ、今回の一戸建て新築は夢で終わったであろう。私の場合は、幸い、売却損は出たものの、住宅ローンの精算で赤字にならなかったのがせめてもの救いであった。

住んでいたマンションの値段がこんなに下がるのであれば、もっと早く売却して仮住まいして貯金をためていれば良かったのであるが、結局、自分の要求を満たす土地が見つかるまでは愛着のある住みかを売りに出す決心ができなかったのである。

なにはともあれ、マンションは売れたのだし、所得税も戻ってくる。さらに、今回の売却損の確定申告のもうひとつのメリットであるが、4月からは住民税が大幅にカットされるであろう。どれくらいカットされたかはあとでお知らせする。

2001/04/03
今日は、18:00から宮城県庁すぐ近くの宮城県土地供給公社に行き、公社設計担当のSさん、セルコホーム設計課長Hさん、営業のTさんと第2回目の3者打ち合わせをおこなった。前回打ち合わせの懸案事項であった公庫の高規格住宅の適用の可否についてであるが、H課長の回答は問題ないということであった。ああ、よかった。これで、大型金利ではなく基準金利でローンが組めるぞ。ちなみに、大型住宅金利は基準金利よりも0.6%も高いのだ!

ここで、解説しよう。私の場合は売り建て住宅の購入であり、土地および住宅に対して公庫のローンを組むことになる。公庫の規定では、土地代と本体工事価格合計が4700万円を超えると、住宅の面積が175mm2以下であっても大型住宅金利を適用されてしまう。ただし、高規格住宅では、5400万円以下までは基準金利を適用してもらえるのだ。

私の場合は、土地が広めで土地代が比較的高く、また家のほうもオプション代がかさんでしまい4700万円を超えてしまったのであった。だから、しかたないけど泣く泣く大型金利でローンを組むことになっていた。セルコホームで高規格住宅に対応できないかとセルコホームに問い合わせたり、公庫の少し古いパンフレットを読んだりして調べたが、高規格住宅は在来工法の住宅しか適用できないということであきらめ状態だったのだ。しかし、前回の打ち合わせで公社設計担当のSさんが、2x6でも基準を満たせば大丈夫との指摘があり、さっそくセルコのS課長が調査することになったのである。(あー、長い説明だ)

なにはともあれとってもハッピー。おそらく、我が家がセルコホームの公庫高規格住宅対応弟1号に違いない。

2001/04/04
Yahoo不動産のNEWSで、公庫基準金利が現在2.55%から2.45%に下がるとあった。予想より下げ幅が少ない。おそらく、夏ごろにはさらに0.1%くらい下げるのではないかと個人的には予想している。9月に公庫申し込みの私としては金利が下がるのはメリットだが、はやく金利が上昇に転じるくらい日本経済が回復してくれれば良いと思う。

2001/04/07
セルコ営業のTさんと打ち合わせを行った。今月はセルコクラブ会員の妻の誕生日ということで、グリーンの鉢植えをプレゼントしてくれた。なんだか、朝からうれしい。今日は、5月15日の最終設計図面提出期限に向てほぼ最終段階の打ち合わせである。結果は以下。
@2階ホールにコンセント追加。
A2階主寝室のエアコン用スリーブ追加
B主寝室の北側窓を20cm左に移動
C2階洋室2(書斎)の壁紙を愉快な猫がらに変更。少々あそんでみました(^^;
D洗面所の壁紙を最終決定。チェアーモールをぐるりと腰高さに貼り、モールよりも上と下で種類の異なる壁紙を貼ります。同様のことを主寝室、1階トイレ、1階洋室で採用しています。オプション費用としては大きな額でないし、外観上もエレガントになりグッドです。
Dリビング階段のある壁面に松下電工のブラケット追加(リビング吹き抜け部の照明の明るさ確保のためです)
Eリビング吹き抜け部の壁にブラケット追加。Dと同じ理由です。前回の公社設計との打ち合わせでこの時点での照明プランでは、吹き抜けのあるリビングの照明が「リゾートホテル」?のような感じになるらしい。自分としては、自分の家はくつろぐためのものであるし、せっかく輸入住宅にするのだから、北米に住んでいる友人の家のように薄暗くとも雰囲気のある照明プランにしたいのである。読書などで明るさが足りなければ、住んでみてから気に入ったデザインのスタンドを購入しようと思っていた。雰囲気と省エネを重視して電球色蛍光灯を多用しているが、電球色の蛍光灯は昼光色蛍光灯よりも暗めに見えるということなので結局、照明機具の数を増やしたのであった。最終的な吹き抜けリビング部の照明は、13Wx2の昼光色蛍光灯ブラケット5式、リビング階段部の40W直管昼光色蛍光灯ブラケット1式となった。なお、吹き抜け部にはシャンデリアを採用せず、オーデリックのスタイリッシュなシーリングファンを採用した。
F生垣として、ボックスウッドの見積もりを依頼。公庫の高規格住宅工事対応です。
G駐車場横に植える植栽として、ベニカナメに代わり、ドウダンツツジの見積もりを依頼。
Hそして、最後に、勇気をだして、これで最後の値引きリクエスト。しばし双方、見積書を上の空で眺めながら膠着状態が続いた。ああ、やっぱり言わなきゃよかったかな。これまでいろいろサービスしてくれているしなあ。でも、オプション費用もすごい額になってきたし、、、。結局、この段階で単純な値引きはもうできないそうだ。やはり、値引きは判子を押す前に限るということか。でも、完成見学会を行うのなら、、、?ということで、次回お楽しみになった。次回の打ち合わせは4月20日の予定。これで、約2年間にわたるプランニングがほぼ完了する。Tさん、ほんとうに長いことお世話になりました。

2001/04/08
今日は日曜日。菅谷の建築予定地、愛称「とちくん」にあそびに行った。おべんとうを持っていって、ちょっとしたピクニックである。空き地でこんなことをしている家族はこの2年間、ほかに見たことがない。天気がよくてすごく気持ちが良い。すぐ近くでヒバリがものすごく一生懸命天に向かってはばたいている。どうやらすぐ近くに巣があるらしい。このニュータウンでは4月15日締め切りで平成13年度春の土地の分譲を行っている。そのためか、おにぎりをたべていると、車が何台か徐行しながら街の中を見まわしている。どうやら、見込み客のようだ。最近、近所にジャスコができたからポイントが上昇しているようである。こんなに景気が悪くても、家を建てたいひとは私を含めてやはりいるのである。

2001/04/09
今日は次男の小学校入学式に行ってきた。入学式も2回目ということで1回目ほどの新鮮さはないが、なにはともあれ、次男が無事、ここまで成長したのはうれしいことだ。とてもはりきっている次男をみると、自分もなんだか元気がわいて出てきそうである。

2001/04/17
今日は出張で東京に行って来た。桜はもう葉桜だ。ハナミズキの白い花がとてもきれいだった。以前は花が咲いてないと気がつかなかったが、今は満開なので私でもそれがハナミズキだとわかる。山手線にのって注意してみていると、けっこうハナミズキをよくみかける。人気の街路樹のようだ。ピンクのハナミズキもあったが、白よりは少ないようである。こうして植物に興味をもつようになったのも、家を建てるということにおおいに関係がある。多くの方がそうであるように、私も新しい家に移ったらガーデニングをやってみたい。ハナミズキをシンボルツリーにしたいと思っている。

2001/04/20(金)
有給休暇を取って、午前中は仙台で人間ドックに行ってきた。帰りに仙台朝市で激安のトマト、レタス、カレイを買ってきた。まるで、日本ではないかのような値段の安さである。安いからといって、電車やマイカーで買いにきてはならない。電車賃、ガソリン代、駐車代がかかってしまうからだ。仙台郊外にこれくらいの価格で食料品が買える場所があるといいのになあ。
さて、午後はセルコ営業のTさんとほとんど最終に近い打ち合わせである。オプションは全て決定したし、壁紙やフローリングなどの型番、色も決まった。外溝もラティスフェンスを生垣の後ろに移動することにしたし、生垣も決定してしまった。ベニカナメをドウダンツツジに変更、サツキをボックスウッドに変更した。見積もりがアップするのをある程度覚悟していたが、かえって安くなっていた。ああ、よかった。
なお、前回、最後に最後の値引きのお願いをしたがだめであった。自分としても、長い付き合いの営業さんを困らせたくはないので、あきらめることとする。値引きやサービスをあらためて積み上げてみると、それなりのことはして頂いているのでしかたがないか。
最後に、今月末までに公社打ち合わせ用の見積書を作成するようお願いした。それをもとに、予算確認書を作成するのである。オプションがかさんだのと、外溝で200万円以上の費用がかかってしまうが、これまで綿密に予算を確認してきたのでたぶん問題ないだろう。がんばって貯金してきた甲斐があった。

2001/04/22(日)
メーリングリストで知り合いになったkogtさんの完成見学会に行ってきた。天気は良いが風が強かった。kogtさんのおうちは施主のこだわりを感じさせる家である。ハイウエスト仕様のルビーレッド色系レンガ(白目地)とホワイトのサイディングの外壁、それに白いサッシ、白い玄関ドア、白いポーチ柱。これらの色の対比が美しい。レンガはメリンダというオーストラリアからの輸入品。1枚1枚色合いが微妙に違う。だから、たくさん壁に貼るとなんだかとっても美しい。お天気のせいか、レンガがピンク色や黄色がかった色に見えて、ああ、遠くまで見にきた甲斐があったなーと思った。妻もいいわねーと言っていた。参考に写真を撮ったが、素人の写真ではこの目で感じた色をとうてい再現できないだろう。他にもたくさん書きたいことがあるが長くなるのでこのへんでやめときます。kogtさん、竣工おめでとうございました。
(あとでkogtさんから聞いた話であるが、二日間で70組の来場があったとか。ああ、確かにお客さんが多くて盛況でした。)帰りがけに、名取のセルコホームのモデルハウスを見てから帰宅した。自分は入居まであと8ヶ月、もう待ちきれない。

2001/04/29(日)
1999/06の日記を追加しました。マンション売却、買い替えについての回想です。

2001/05/03(木)
5月15日が公社への最終図面・申し込み書類の提出期限ということで最終の打ち合わせをセルコ営業のT橋さんとおこなった。立面図の修正はすでに10回を数えた。もう何も直す必要が無い。電気配線図の最終確認と電気容量の確認を行った。我が家の場合は電気が100A契約になるらしい。

今回の確認内容、変更点、リクエストは以下である。
  • インターホン取り付け位置を玄関からアプローチ階段入り口付近の擁壁に変更。
  • パネルヒーター用ボイラーと灯油タンクの設置位置の指定
  • パネルヒーター用リモコンの取り付け位置の指定
  • LAN配線(スター配線)と端子取り付けパネルの確認
  • NTT電話線の各部屋配線の順番確認
最後に、知り合いの石川さん宅Ziegelhausさん宅、kogtさん宅を担当したフレーマーの親方Mさんに施工をお願いしたい旨、営業に告げた。Mさんはセルコの専属ではなくフリーの職人さんだそうだ。石巻のお客さんで、和室を丁寧に施工してほしいから良い職人さんをということで、その時もMさんが担当されたらしい。どちらかというとお話好きの方だそうである。セルコホーム側としては現時点で約束できないようであるが、配慮してくれるようお願いすることにした。

2001/05/04(金)
今日は長男の9歳の誕生日である。彼の希望でマウンテンバイクを購入し、おとといそれが自宅に配達された。てっきり、自転車がきたらすぐに乗り回すのだと思っていたが、彼いわく「誕生日がくるまで乗らないことに決めた」そうである。普段の彼からは想像できない別の一面をみた。6歳の次男はうらやましそうにしていたが、彼の自転車のサドルをあげてやり、タイヤに空気を入れてやったら喜んで自転車をこいでいってしまった。なんだか今日は良い日だ。

2001/05/05(土)
青葉区中山のホームセンターに行ったら、子供達にカブトムシ幼虫のプレゼントがあった。もらったのはいいが、結局、飼育用のプラケース、飼育用の土、消臭材、えさ木を買うはめになった。なんだかうまい商売だ。財布は軽くなったが子供達は大喜びであった。

2001/05/08(火)
地鎮祭をどうしようかずーっと考えてきた。知り合いのZiegelhausさんは神父さんにお願いしてキリスト教式の起工式を行ったそうだ。我が家では、義母と妻が一応カトリック信者なのでZiegelhausさんをうらやましく思っていた。だが、今回、義父の戦前からの親友である神父さんが義父の命日に来てくださるというので、ついでといってはなんだが、地鎮祭をお願いすることにした。6月4日(月)の予定である。この神父様は時永さんという方で、上智大学内のJBハウスを居としている。上智大学ゆかりの方々の間では有名人らしい。義父の親友である神父様に地鎮祭を行っていただくことは、我が家にとってもっともありがたいことであるし、忘れられぬ思い出となることであろう。

2001/05/09(火)
職場で組織変更があり、それに伴い新規商品の導入業務を同僚から引き継ぐことになった。引継ぎの打ち合わせでいきなり、来週サンフランシスコ市内のホテルでカンファレンスがあるから行って来いということになった。ああ、どうなることやら。


2001/05/12(土)
(株)テンパルから封書が届いた。やや、さては4月に応募したホームオーニングエルパティオ発売記念キャンペーンの結果のお知らせに違いない。期待して封をあけると、無料モニターには外れたが、通常価格の30%OFFのモニターに当選していた。さあ、どうしたものか。施主支給でとりつけだけお願いしたほうがよいか、はたまた、後々のアフターサービスも考慮してセルコに全てをお願いしたほうが良いだろうか。うーん悩む。結論はいろいろ調査してからにしよう。

2001/05/13(日)
母の日だからというわけではないが、ホームページの壁紙、ライン、アイコンなどを花に変更しました。来年の今ごろは家族でガーデニングしたい。


2001/05/14(月)
朝、営業のT氏から電話が入った。明日、公社に最終図面を提出するので図面を確認のうえ署名、捺印してほしいという。夜7時に自宅にきてもらうことになった。明日からサンフランシスコ出張なので忙しいが、なんとか仕事を切り上げた。さて、夜7
時、やってきたのは初対面の設計担当、S主任。意外と若い。営業のT氏同様、さわやかな雰囲気である。

署名捺印した図面は全部で15枚くらいあっただろうか。公社にセルコホームを推薦する売り建て住宅なので、公社のリクエストで普段はお目にかかれない図面を拝見できることになった。これらは後日、公社が製本して施主にわたしてくれるそうだ。

通常の立面図、平面図、電気配線図以外に建築予定地の見取り図。24時間換気の1、2階それぞれの図面。これは換気口の配置や空気の流れる方向が図示されていた。それから寄棟屋根の図面。根太の配置図面。壁断面図。建具・サッシの正面図。さらに何枚かあったがもう思い出せない。

2001/05/15(火)
成田空港からサンフランシスコに移動した。海外出張である。宿泊先はUnion Squareすぐ近くのCrowne Plazaである。天気は快晴。霧のサンフランシスコなんてうそみたい。当ホテルで開催されるコンファレンスの事前確認を行った後で、仲間とフィッシャーマンズワーフに行った。時間はもう7時だがまだまだ明るい。海をながめていたらそのうち霧がどんどん押し寄せてきた。ああ、これがあの有名な霧なのだなあ。食事はホテ
ルお勧めのすぐ近くのシーフードレストランで。シュリンプカクテル、生牡蠣、クラムチャウダースープ、それとメインディッシュはホタテ貝のソテー何とかソース掛け。いっしょに来た仲間はカニ料理やカジキのソテー。で、一人あたりの食事代は$79。あー、頭金を貯めなきゃいかんのに贅沢してしまったー。でも、まっ、いいか。

2001/05/16(水)
コンファレンス終了後、仲間とゴールデンゲートブリッジへ行った。それにしてもサンフランシスコは坂の街だ。坂、坂、そして坂ばっかり。しかも勾配がきついぞ。ゴールデンゲートブリッジ
を渡った後、すぐ横道におりて高台にある展望台まで行った。そこには、弟二次世界大戦時にアメリカ軍が日本海軍の攻撃にそなえて建築した砲台が残っていた。このポイントからはゴールデンゲートブリッジを眼前に見下ろすことができる。
そのあとで、再びサンフランシスコのダウンタウンにもどり、映画で見たことのあるくねくねした下り坂を通った。

仕上げは、Asian&Frenchシーフードレストラン。蒸したカニ3種類(ワイン蒸し、スパイシーホット、中華甘酢風)を満腹になるまで食った。それで、ひとり$70。またまた贅沢してしまったー。まーいいか。おいしかったし。


2001/05/18(金)
夜7時、やっと家についた。間髪をいれず、セルコ営業のT氏から電話が入った。聞けば、公庫の高規格対応にするためには、階段の段数を1段増やし、さらに各段の幅を21cmから23cmに広げなければならないとのこと。さっそくFAXで図面を送付してもらい確認した。自分達としても階段の勾配がゆるくなるのはウエルカムということで即OKにした。セルコホームで高規格対応を行うのは今回が初めてのケースでどたばたしたが、今のうちに気がついてよかった。完成して公庫の審査でNGになったらどんなだっただろう。今回はセルコ自身が確認する以外に公社設計担当者のチェックが入って事無きを得た。


2001/05/19(土)
午前中に近所のセルコホーム展示場に行ってきた。目的はカーテンカタログを閲覧するためである。カーテンの予算は資金計画が完全に把握できていなかった当初は、20万円以下に抑えたいと思っていた。しかし、ここにきて今回の建築にかかわる総資金がみえてきたのと、10年先までのライフシミュレーションにより自分のファイナンス状況が見えてきた。結論としては、カーテンに40万円くらいかけても大丈夫みたいだ。

家は住環境、建物、エクステリア、暖冷房、照明、カーテン・家具などのインテリア、それらトータルのバランスと調和が大事である。なにもお金をどんどんつぎ込めという話ではなく、トータルのバランスと調和そして自分達家族の価値観を意識して資金のバランスを考えるということだ。総資金が不足するなら、各項目の仕様をみなおすか、頭金を十分確保してから計画を実行に移すといいだろう。我が家の場合は、家を購入したいと思ってから入居まで5年計画である。資金が限られているから、とにかく時間をかけて自分達に最善なプランを考えてきた。楽ではないが、これもまた楽しい。ゴールにたどり着くまでの計画や過程も楽しまなきゃ損々である。

話が脱線してしまったが、リリカラのカーテンカタログの中にいくつか気に入ったものがあった。妻はプレーンシェードのカーテンを多用したいようである。自分としてもそれはOKである。予算内で家のイメージ、建具、壁紙、家具に合ったカーテンにすればいい。入居まで約7ヶ月もあるからゆっくりこのカーテン選定プロジェクトを妻と楽しもうではないか。


2001/05/20(日)
久しぶりに仙台の家具の街に出かける。ユノメ家具店でカーテンが安いことを知る。サンゲツなどのカーテンが自分で採寸、自分で取り付けの場合、定価の55%引き。うーん、インターネット通販並に安いぞ。さらに自分で採寸、ユノメ取り付けで50%引き。採寸も取り付けもユノメにお願いしたら45%値引き。採寸から納入までは1週間、日程がうまくかみあえば3日で納品だそうだ。さらに、この店にはセルコホーム担当の方がいて、どこの窓にどの型番のカーテンを取り付けたいか指定するだけで採寸は必要ないという。だから、面倒な取り付けをお願いしても50%引きで購入できそう。
やったー。ラッキー。\(^o^)/

2001/05/22(火)
ちくらさんからメールが来た。なんとちくらさんがあおじろうホームページ用に作成してくれたバナーの押し売りだ。よろこんで使わせていただくことにした。(^O^)y ちくらさん、どうもありがとうございました。


cのホームページを開設して2ヶ月になるが、アクセスカウンターがひとつの節目である1000に到達した。自分の家造りの足跡を残すために開設したこのホームページであるが、このように大勢のみなさんに見にきていただけるととてもうれしいし、またアップデートしようという励みにもなる。着工したら、どんどんアップするので、みなさんまた遊びにきてくださいね。m(_ _)m

2001/05/27(日)
今朝、営業のT氏に電話をいれる。要件は2つ。一つ目は地鎮祭開催時間。6月3日夕方5時開始ということで。二つ目は東レの外壁用(窯業系)ラップサイディングの確認。このポームページで何度も触れているが、我が家はキリン小田原展示場モデルハウスのイメージを大切にしたい。このモデルハウスの外壁は総レンガであるが、1ヶ所だけ例外がある。玄関ポーチ部子屋根部、すなわち破風の部分がホワイトグレーのサイディングなのだ。正面から見ると六枚の横板が貼られているように見える。それから、表面には木目調の模様が入っている。

ところが、時間が経過していくうちに、サイディングの部材の切り替えが数年前にあり、サイディングの幅が変わってしまったのだ。建材のモデルチェンジは別に珍しいことではないが、このままだと、我が家の破風のサイディングは4本か4.5本になってしまうことになる。さらに、表面はのっぺらだ。このことについては、残念に思っていた。

ところが、今回、やはり東レ製ラップサイディングがラップラインウッドという商品に切り替わるそうだ。これまでのラップサイディングとの違いは3点。@従来品は1枚1枚別物。ラップラインウッドは3枚が一体になったようにみえる。A施工後の1枚分の見た目の幅は、ラップラインウッドのほうが狭い。Bラップラインウッドの表面は木目調である。この木目であるが、キリン小田原展示場モデルハウスのものは表面に模様が刻印されているのに対し、ラップラインウッドのほうは彫りが深い。結果的に我が家にとって好ましい仕様変更になりそうだ。

2001/06/02(土)
今日は小学校の運動会。三年生と一年生の息子達を妻と応援しに行った。15時には、近所のセルコホーム構造見学会に行ってきた。気がついたこととしては、洋室用サッシ開閉用のレバーの回転が軽くなったこと、固定レバー部のデザインがすこしかわいくなったこと。それから、吐き出し窓の握りバーの意匠と、ロック部のデザインが変わったことである。肝心の断熱性能は変更なしということで安心した。ここの施主も結構気合が入っていて、標準の間取りプランを結構いじっているようだ。屋根は野安の瓦で、色はマウントワインだそうだ。我が家とは色違いの瓦である。時々、見に行こうと思う。

家に帰って気がついた。そうだ、今日は結婚してからちょうど10年目の記念日である。忙しさにかまけて忘れていた。記念日のプレゼントは用意していないが、12月入居の家が大きなプレゼントということでいいかなー。それとも、今からでも遅くないから花でも買いに行こうかなー。

2001/06/03(日):いよいよ地鎮祭の巻き
今日は義父の命日と我が家の地鎮祭ということで、神父様がいらっしゃる予定だ。午前中に仙台中山のジャスコでお花と、神父様へのおみやげとして厚焼きの仙台かまぼこを購入した。さらに、地鎮祭にきてくれるセルコホームの皆様に、感謝の気持ちとしてコージーコーナーで焼きケーキを2箱購入した。

13:30に義母宅最寄の駅まで神父様を迎えに行き、そこから義父のお墓に直行。そこでミサを30分ほど。それから義母宅で一息ついて、15:00に利府町菅谷台の土地に向かった。地鎮祭は16:00開始予定で、本来なら余裕のスケジュールだが、途中、2箇所で大渋滞。結局、私の車は5分遅れ、妻と義母の乗った車は10分遅れであった。

到着するとなにやら車が何台も止まっている。セルコホームの方が何人もきているに違いない。大勢を待たせてしまい、申し訳ないと思った。セルコホームからきてくださったのは営業の担当のTさん、営業部長、設計課長、設計担当、そしてこれからの着工でお世話になる建築部のお二人。総勢6名。営業で忙しい日曜日に地鎮祭を行うということで、営業のTさんだけ来ていただければそれで十分位に思っていたが、なんと6名の方たちにきてもらい、うれしいやら恐縮するやら。土地にはすでにロープで建物の位置を示してあった。

さて、地鎮祭であるが、神父様が最初にお祈りをおこなった。土地を清める聖水は次のように準備した。まず、新幹線のグリーン車で神父様が飲んだコーヒーの紙コップを洗い、そこに教会から持ってきた聖水をそそぎ、さらにそのへんに自生している名もない植物の枝をつんでそれを聖水蒔き用のはけとした。コップに枝と葉っぱををジャボジャボつけて、それをふりまわして聖水を蒔くのだ。

まず、施主である私が聖水をまきながら自分の敷地に沿って歩き、さらにロープに沿って歩いていった。私の後からはみんなが歩いてついてきた。途中からは、先頭に長男が歩いて聖水をまいた。神父様は敷地の真ん中に立って見ておられた。なんだかうれしいような、恥ずかしいような、そしてちょっとだけ幸せな気分。大のおとながぞろぞろと、まじめに、、、一直線に列になって歩いていく。でも、これがいいのだなあ。新鮮だし、個性的だし。営業部長はいろいろなスタイルの地鎮祭を経験しているようで慣れているようである。最後に、長方形の土地の対角線をあるいて聖水散布は終了した。

最後に神父様がセルコホームの皆さんに工事の安全を祈願して終了した。ああ、神父様ありがとうございました。そして、セルコホームの皆さんありがとうございました。とくに営業のTさん、お付き合いもかれこれ5年ですね。カメラマンを勤めてくださりありがとうございました。

地鎮祭の後に、設計の担当の方と一緒に建物の位置の確認を行うとともに、公社に最終提出した見積書と図面一式を受け取った。さらにお土産として勝山の銘酒をいただいた。

さて、地鎮祭後に割烹で神父様にてんぷらと刺身をごちそうした。入居予定は神父様の親友であった義父の誕生日に近い12月中旬から下旬であるから、神父様はそのころに我が新居にきてまたお祈りと聖水蒔きをしてくださるようだ。親友っていいものだ。

2001/06/04(月):デジカメ買いましたの巻き
デジカメをついに買った。SONY Cyber Shot DSC-S75だ。64MBのメモリースティックとPCカードアダプターで合計約9万円。いやー、勢いでとんでもない買い物をしてしまった。んでもって、金利なしの12%ローンだ。せっかく良いデジカメ買ったから、今後はこれを使ってホームページをアップしよう。マニュアル機能が豊富なので覚えるのがたいへんかもしれないぞー。

それから、明日から金曜日まで東京、鎌倉、厚木、東京と死の出張ロードがはじまる。おまけに明日はTOEICの試験も受けなければならない。あー、どうなることやら。

2001/06/09(土)
疲れた、とにかく疲れた。とにかく前日までの出張はきつかったぜい。さて、本日は宮城蔵王、遠刈田温泉にある会社の保養所で家族で一泊である。会社のイベントに申し込んだのだが、プロのコックさんと子供達が夕飯のメニューを考えてそれを調理し、両親にごちそうしてくれるのだ。調理の間は、両親は自分の部屋で待つばかりである。結果であるが、6歳の次男が包丁で親指を切ってしまったがたいしたことはなかった。

出てきた料理はこころもおなかもおいしい思いをさせてもらった。難を言うと、量が多かった。おなかが爆発しそうであった。調理係りのおばさんによれば、3年生の長男はすごい集中力でがんばったらしい。1年生のおチビもよくやった。

2001/06/16(土)
我が「土地くん」に立ち寄ってみた。お隣の土地には地鎮祭のためのテントと地縄が張ってありました。縄の形からすると総二階建てかな。どんな家が建つのだろう。我が家と同時着工、同時入居の予定である。どうぞよろしくね。おとなりさん。

2001/06/19(火)
着工開始まであと1ヶ月。何だかはりあいがない。退屈なのである。それにしても、最近仕事のストレスが大きい。久しぶりに肩がこっている。最近、ダンベル体操や有酸素運動をするようになって肩こり知らずだったのに。とほほである。
ところで何を隠そう、来週はNew Yorkに数年ぶりの出張である。期間は月曜日に出発して金曜日に帰国である。ただでさえ仕事が忙しいのに。これもとほほである。目的はマンハッタンで開催されるPCエキスポでの新製品のプロモーション。海外出張というのは移動の時間的ロスが大きいので実務的にははかどらないのだ。プラス思考で考えれば、この際、普段の厳しい状況から海外逃亡して気分を切り替えるというのはどうだろう。そうそう、同行するH氏から連絡があった。Birdlandの予約入れといたからJazzを聞こうではないかと。

2001/06/23(土)
アクセスカウンタが2000に到達しました。1000アクセスまでほぼ2ヶ月、次いで2000に到達するまでちょうど1ヶ月。着工が開始されれば、もっとアクセスが増加するのだろうか。みなさん、あおじろうHPを訪問してくださり、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いいたします。

さて、車の話題である。現在は職場まで徒歩18分のマンションに住んでいるが、次の新居は職場まで車で20〜25分。ということで、住宅、土地を購入する以外にセカンドカーも購入しなければならない。案としては以下。
@7人乗りのホンダ、ストリーム。ただし、新車価格は約170万円。子供達も大きくなってきたし、1500ccセダンのあおじろうでは手狭になってきた(気がするだけ?)。自動車ローン覚悟。
A新発売のホンダ、Fit。新車価格は約115万円。ストリームよりも安価だが、やはり自動車ローン覚悟。
B50万円以下の中古車。おそらく自動車ローン必要なし。もっとも現実的な案。

別にホンダ党ではないが、新車で購入する場合の候補として2台ともホンダになってしまった。本音をいえばストリームを購入したい。でも、安価な中古車を購入して、その分、家具代や住宅ローンの繰越返済に回したほうが堅実だと思う。A案は価格的に妥協案である。

そのように、最近、車のことで頭がいっぱいである。というわけで、本日、さっそくホンダのディーラーに行ってFitをみてきた。うーん、よくできた車である。ボディカラーも10色あるから、購入する場合は悩みそう。とりあえず、カタログをもらって帰る。ああ、きっと新居に引っ越す頃まで悩み続けるのだろうか。(けっこう楽しい楽しみだったりもするが、、、)

2001/06/25(月)

でもって、New Yorkへの海外出張である。成田空港からJFK空港まで13時間のダイレクト便である。ああ、お尻がいたいぜ。張時間のエコノミー席はしんどい。


さて、おまちかねのBirdland。今晩のアーティストはHank Jones Trio。Hankは70歳くらいの大御所。いったい何歳?ピアノ奏者。それからドラムとベース。さらにスペシャルゲストにサックスのJoe Lovano。私は特にJazzファンではないから良く分からないのだが、どうやらすごいメンバーらしい。どの曲にも誰か一人はソロで演奏する機会がある。ドラムなんかは、いつまでもソロのパートを続けるものだから、Hankがじれったがって、ピアノを弾くフリを始め出す。ひいているように見えて音が出ない。これはジョークだ。そして、ソロのパートが終わると、その後の各人の音がぴたっと合わさって演奏が続く。実に見事に呼吸があっている。さすがだ。だから、演奏途中でもみんなが拍手を送るのだ。ああ、これがライブだ。ラジオやCDではあじわえないものがここにはある。

演奏が終わり、店をでるともう22:30。店の前にはすでに行列ができていた。次の演奏は23:00開始だ。NYの夜は長い。

ながーーーいリムジン
Broadwayです。今回はMillenium Broadwayホテルに宿泊しました。PC EXPOの開催期間の割高料金で、1泊税込みで$340でした。自腹じゃぜったいこんな高いホテルに泊まれませんなー。いや、ほんとに。

2001/06/26(火)

今日はPC EXPOの初日。なのに受付はがらがら。会場も例年よりもかなり面積が少ない。出展社数が少ない、あるいは1社あたりのブースの面積が縮小されているようだ。北米の景気の後退の影響だ。ちょっと心配になった。


さて、ディナーである。Grand Central駅の地下にあるOyster Restaurantへ行った。メニューにはJune 26thとあった。どうやら、その日の仕入れ状況に合わせてメニューを毎日つくりなおしているようだ。A3くらいの紙には手書きの細かい字でメニューがびっしり。この店の売りはなんといっても牡蠣である。生の牡蠣だけでなんと32種類。世界の牡蠣の数々。ウエイターに聞いたら、おすすめはニュージーランド産のCOROMANDLEという種類らしい。だよねー。牡蠣の季節は晩秋から冬にかけてだよね。だから南半球の牡蠣がいまはおいしいんだよね。勝手に理屈を考えたりしてる。5人で6種類の牡蠣、しかも一人2個ずつ。すごい数の牡蠣が大皿に盛られてやってきた。そのあとNew England Clam Chowderスープを平らげたらほとんどおなかがいっぱい。このあと、さらにメインディッシュが、、、。あとはご想像下さい。

2001/07/14(土)

土地くん最寄のジャスコの周辺にいろいろな店舗、施設が次々とオープンしている。お昼に、オリエンタルムーンというアジア食堂でランチを食べた後、同じエリア内にあるマルチムービーシアターMOVIX利府に足を運んだ。ここにはスクリーンが12面くらいあるようだ。ちょっと覗いてジャスコで買い物するつもりであったが、ポケモンのムービーを上映しているとのことで、子供達が見たいという。予定にはなかったが、新しくできた映画館見物のつもりで映画を見ることにした。全室指定席で、座りごこちも良く、音響も良い。さすが、最新の施設は良いもんだ。次は、妻と二人で行こうかな。

ジャスコに行った後で、土地くんに行ってみる。どうやら、お隣さんは一足先に着工したようだ。駐車場部分の土がきれいに削り取られていた。でも、一体どこのハウスメーカー、あるいは工務店なのだろうか。興味津々である。

夕方からセルコの営業さんと打ち合わせである。地盤調査の結果であるが、やはりまったく問題なかった。それから地鎮祭の写真を頂いた。最後に、建物位置確認書にサインして終わりである。

2001/07/15(日)
我が家の場合は、今回の新築計画が長期計画だったから、ある種の勢いが無い。着工に向けて、あのわくわくした気持ちを思い出すべく、近所のセルコホームモデルハウスを訪ねてみた。デジカメで写真をたくさん撮ってきた。何枚かは、「我が家のこだわり」のところに掲載します。帰りぎわに展示場の事務所に行ったら、洗剤、メロン、そしてなぜか「猿の惑星」の無料鑑賞券1枚をプレゼントしてくれた。ラッキーである。


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